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日記、歴史などなど
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Posted : 2024/05/10 16:36
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Posted : 2008/07/01 00:08
b1ed3c79jpeg会津戦争で白虎隊の自刃があった二日後、会津藩の正規兵ではないけど照姫(容保の姉上)警護を目的に結成され、後に「嬢子軍」と言われるようになった女性部隊の中に竹子は居た。

このとき22歳・・・。

それでも、母や妹と共に自分の故郷のために立ち上がった女性。

髪を切って袴をはき、薙刀を手に戦った。
この人の残した歌が好きvv



武士(もののふ)の猛き心にくらぶれば

数にも入らぬ我が身ながらも



西郷頼母の奥様といい、照姫といい、山本八重子といい会津の女子は強くてカッコよくて素敵☆
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Posted : 2008/06/28 11:35
513ae772jpeg和宮親子内親王 <1846~1877>

仁孝天皇の第八皇女。孝明天皇の異母妹。母は典待・橋本経子。
幕末の公武合体政策のため徳川第十四代将軍・家茂に嫁ぐ。
その花嫁行列は現在で言うなら約150億もの費用をかけ、50㌔もの行列をつくったというものすっごい規模のでかい政略結婚・・・・;;


仁孝天皇は多くの后妃を持ち、七男八女をもうけたがほとんどが夭折。
成人したのは敏宮・孝明帝・和宮の三人だけ。
だから皇女降嫁の話があがったとき敏宮はもう結婚してたし、家茂の相手にちょうどイイのが和宮しかいなかった(同い年だしね)

降嫁なんてしたくないってものすっごい嫌がるんだけど・・・・・お兄ちゃんの孝明天皇が和宮が行きたくないなら自分の娘の寿万宮(すまのみや)を降嫁させるか・・・・って考えて、でもまだ乳飲み子の寿万宮じゃ幕府納得しないだろうなぁ・・・じゃあ退位するしかないかな・・・と思いつめてるのを知って承諾する。

「御嫌様の御事ながら、御上の御為と思召、関東へ成らせられ候」

もうめっちゃ嫌々って感じ(笑)

Posted : 2008/06/07 13:29
ee6093c5jpeg明日の大河はついに我らが家茂くん(まだ紀州慶福だけど・笑)が登場ということで!!vv


家茂&和宮・・・この幕末きってのラブラブ夫婦が可愛くって大好きです私(笑)
家茂くんは虫歯になっちゃうくらい甘いもの好きな誠実の誉れ高き若き将軍ですから!!!
ホントに・・みんなに好かれる子ですよね~vv
イイ子だ・・・っ!!
幕末みたいな難局に将軍になって、それでも精一杯がんばった人!!


和宮も「まことにいやいやの事、余儀なくお受け申し上げ候・・・」とまで言ったこの結婚で出会った、同じ年の旦那さまがイイ人でよかったねぇ・・・・(@v@)

経緯はどうあれ、結婚してからの二人は家茂君が和宮に石竹の花あげたりべっこうのかんざしあげたりと優しい気遣いのできる人だったし、京から遠く離れた江戸に来た和宮も安心したのか仲良し夫婦だよね・・・・ww

だからこそ家茂くんの早すぎる死が悲しすぎるんですけど・・・・(;_;)


さ来年の大河は「龍馬伝」とのこと☆
来年の戦国をはさんでまた幕末・・・・・イイねっ☆☆
龍馬が出てくるということは・・・・今年の玉木龍馬に続いてまた龍馬の人気が高まるのか・・・ww(龍馬知名度ありすぎ!でも好き!!笑)とも思いますが幕末でしかも志士側にスポットがあたるのならばきっと高杉も出てくるだろうとニヤニヤします(キモィ)
長州が大河になればイイのに・・・・(願)
高杉を誰がやるんだろう・・・・(←もう私の中では出演決定・笑)
でもこの話って岩崎弥太郎話じゃなかったっけ??

・・・まぁ、イイか(笑)
Posted : 2008/04/27 13:14
d18de7f4.jpg前島密。  1835~1919

命日ですね・・。
「郵便の父」として知られる方。

この人、一時期(慶応元年から)薩摩藩の洋学校「開成所」に招かれ身分は薩摩藩士ということで英語を教えてくれてたりww
何気に薩摩とかかわりの深い人。

篤姫や小松っとんと同じ年。
蘭学、医学、航海術、砲術、英学、機関学まで学んでてちゃんと学んだだけじゃなく実際に航海もしてるという才能あふれる御仁。

維新回天のおり、遷都先は大阪という大久保さぁの案があったけど、首都は江戸であるべきと主張したのも密さんvv
そして明治期には大久保さぁは内務卿、前島さんが内務少輔だったりと、大久保さぁのもとで働いてたり☆
薩摩にいた頃は「巻」姓を密はなのってたけど、後に幕臣・前島家の養子となり「前島来輔」となのっていたから大久保さぁも東京遷都の「前島」が密さんだとは最初お気づきじゃなかった模様(笑)

大久保さんが紀尾井坂の変でお亡くなりになる前、それを暗示するかのような夢を見たって話を密さんにしてますよね~・・・・。

「西郷さんと崖の上で争っていて二人とも崖下に落ち、私は頭蓋骨がわれ自分の脳がぴくぴくと動いているのを見た」

っていう夢を一緒に晩御飯食べてるときに話す大久保さぁ・・・・;;

ご飯時にする話じゃないよ大久保さん!!
大久保さんは夢の話とかする人じゃないから密さんも何か妙なものを感じたんだけど、まぁそのときは特に何も無くて・・・・・。
それからしばらくたった日、大久保さんの凶変の知らせがあり密が現場に行くと大久保さんの夢のとおり脳が動いてるという惨状が・・・・orz

密さんもくわしく知りたいな!!と思ってる人物です(^∀^)
カテゴリ的にどこに入れるか迷ったけど、やっぱ幕臣という経歴があるので、一応佐幕に。
Posted : 2008/03/01 23:21
6d1db8b6.jpg大蔵ーーー!!
維新後は山川浩ですけど。
会津藩のいいとこの出。斗南藩大参事。
陸軍少将、男爵。

妹の捨松ちゃんとか弟の健次郎とかに知名度では負けてるかもだけど好きだよww

あれ・・・?
でも会津戦争のときって大蔵の軍は洋装が多かったはず・・・(だからたいして怪しまれずに彼岸獅子入場は成功したんだし・・)
じゃあ率いてた大蔵も洋装だったはず、うわ、間違った。。

・・・まァいいか(笑)

こいつ何気に反骨精神というか・・・藩の指定した学問は嫌って陽明学に走ったり、けっこうな危険人物だよね!!(爆)
執念深いしww

でもまァ・・会津期待の星ですから☆

奥さんは会津戦争ん時、城で怪我してお亡くなりに・・・。
この人、ロシアへの渡航経験あったり、土佐藩士の長刀をからかって、予想外にビビらされたり、けっこう面白い人です(^^)
藤田五郎(斉藤一)の仲人つとめたり、一緒にお酒のんだり、仲良し(笑)
「知恵山川」の異名をとり、同藩の「猛将」・佐川官兵衛に対して「知将」と言われる山川・・・。

この人が長州の山田市之允(山田顕義)の部下になってるときはびびったww
だって西の「知将」だよ、市ィは!
「小ナポレオン」ですよ!
その部下に山川って・・・。
スゲー組み合わせ(。。)
Posted : 2008/02/28 10:14
6cfbae6d.jpg会津の山川家兄妹(笑)
一番、知名度のありそうな三人でww

絵の大きさの扱いは・・・・・知名度順??(ひどい)
や、大蔵大好きですよ??

☆山川捨松→岩倉使節団に津田梅子らと共に留学生としてついていく。
薩摩の大山巌と当時は珍しいデートの末、結婚。
「鹿鳴館の花」

☆山川健次郎→捨松の兄。元白虎隊士、アメリカに留学経験あり。物理学者。
東大・九大・京大総長を歴任。
日本で初めてカレーライスを食べた人(笑)

☆山川浩(山川大蔵)→山川家の長男。父の病死後、家老職を継ぐ。
幕末の会津戦争での彼岸獅子入城は有名。
そのため(?)に籠城戦途中にじゃっかん二十四歳で軍事家老に抜擢される。
明治期は土佐の谷干城の推薦で会津出身にもかかわらず、けっこう出世してる。
陸軍少将。
会津のホープ(笑)
「知恵山川」。
長州の山田顕義の部下。
新撰組隊士として有名な斉藤一の婚儀の仲人をつとめてたりww


あれ・・・・??
知名度順のわりに大蔵のことを一番かいてない??
自分の気持ちにうそはつけませんでした(笑)
大蔵・・・好きなんだよ・・・・orz
Posted : 2008/02/16 19:52
7dd4d323jpeg<松平定敬>まつだいらさだあき

なぜか教科書にも名前のでてこない人(笑)

新撰組のスポンサーとして有名な会津藩主・松平容保の弟で、桑名藩主なんだけど・・・!!
容保と同じく、藩主の姫と結婚して養子になってんだけど・・・容保の生真面目~な感じと違って、この人はちょっと養子だから~みたいな気楽さがある気がする・・・ww
だって藩主のくせに脱藩して蝦夷までいっちゃうんだよ!!?
しかもその時に変えた名前が『一色 三千太郎』・・・・。

ちょ・・ッ!!おまえのセンスはどーなってんだ!!(爆)
しかも函館から上海まで足をのばす最強っぷり。

なんか兄ちゃんの容保と常に一緒にいる。

容保は京都守護職。
定敬はそれにこたえる感じで京都所司代になる。

その暴れっぷりが好きだ!!(笑)
Posted : 2008/02/14 18:58
さっぱ忘れてた・・・・今日バレンタインか・・・。
これ(一応)女としてどうなんだろうね~??ww


64d0aa9ejpegというわけで、家茂&和宮カップル~vv
この二人の仲良し夫婦っぷりはとてもほほえましくて好きだ(^^)

政略結婚だったけど、相手のことをやがて本当に大切に思えるようになった二人はやっぱり素敵な夫婦だよ。

だからこそ二人の別れがとてもせつない・・。
家茂くん・・きっと幕末なんて動乱の時代じゃなければもっと長生きして、和宮とふたり仲良くすごせたかもね・・。
(まァ、そんな時代だったから二人は出会えた、とも思うけどさ・・・)
二十歳って・・・逝くのがはやすぎだよ・・。
彼はホントに(ケイキ殿とは比べ物にならないくらい・笑)家臣みんなに慕われた将軍だったし・・。

それから天皇の娘として生まれながら、徳川の将軍に嫁ぎ、江戸時代の終わり・・・明治という新しい日本を見届けて、家茂くんのもとへ逝った和宮・・。
何度も宮内省から帰ってくるように言われても・・・、断り続け、
「将軍のおそばに」って遺言をのこして死んだ彼女もすごく素敵vv
その願いが叶っていまはお墓も並んでたってるし、ずっと一緒にいるんだろうなァ~・・(^v^)
Posted : 2008/02/12 21:08
「うそ・・・」
和宮は呆然とつぶやく。
宿所とした大阪城内で脚気により、征夷大将軍・徳川家茂は急死した。
「大樹様・・・・」
和宮はみずからが夫につけた呼称をつぶやいた。

みずから望んで嫁いだ相手ではなかった。
幼いころから決められていた婚約をむりやり破棄させられ、内親王という立場ゆえに公武合体・・つまりは朝廷と幕府の和親のためという大義名分のもと京から遠く離れた江戸へと嫁いできた。

肉親との別れ、しきたりの違い・・・・とまどうことも辛いこともたくさんあった。
それでもそれを和宮がのりこえられたのは、家茂がいたからだ。


『宮、土産は何がいい?』
再び幕府に反旗をひるがえした長州を討つため、しばらく江戸を離れることになった家茂は留守をまもる妻にたずねた。
遊びでいくわけじゃないのだからと和宮は遠慮したが、家茂は引かない。
和宮は小さく笑って答えた。
_______それでは西陣織を、と・・・。


「・・・・・・・・・・」
和宮は家茂の死の知らせと共に届いた織物をそっと胸に抱く。
こんなものが何になるというのか。
本当に帰ってきてほしかったのは・・・。
再び見ることを願ったのは・・・。

一番大切だった人は、もういない。
彼は死んだ。

『空蝉の 唐織ごろも なにかせむ 綾も錦も君ありてこそ』
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プロフィール
HN:
イフウ
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、日本史、小説イラストかく
自己紹介:
マンガ、日本史、小説に異常に執着する人間。
出身・居住地は維新三傑のうち二人と同じ。

★日本史★
平安末期・戦国・幕末明治~。日本史全般好きですが、執着激しいのは武士が出てきてからの時代。義経で興味を持ち、中学で信長で日本史にどっぷりはまりました。信長を見つめて、晋作を追いかける日々です。晋作を追いかけ始めて9年目突入。松下村塾好き。山口好き。しかし鹿児島郷中チェストたちも愛してます。佐幕倒幕関係なく好きです。新撰組も会津も幕府ももちろん^^
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